「旦那が何もしない」
「家事をしているのは私ばかり」
「旦那が何もしないことにイライラする」
そんなふうに感じること、ありませんか?
私自身、以前「旦那が何もしないことにイライラするのは、そもそも夫婦で『やっている』の定義が違うからなのでは?」という記事を書きました。
妻からすると、
「気づいて動く」
「言われる前にやる」
「家族の予定を考えて動く」
これを、私自身は結構「やっている・動いてる」と感じます。
一方で夫は、
「頼まれたことをやる」
「子どもをどこかへ連れて行く」
「言われたことはやっている」
という認識だったりする。
つまり、同じ「家事や育児をやっている」でも、そもそもの定義が違うのではないかと考えたんです。
そして先日、この話を夫本人にしてみました。
私が考えていた「何もしない」の定義は、
妻→気づいて、自分から動くこと
夫→妻に言われたことをやる、子どもをどこかへ連れて行くなど、実際に行動すること
という違い。
「私はこう思うんだけど、どう思う?」
と、実際に聞いてみたんです。
そこで実際に返ってきた言葉が、
「それは会社でやってるから、家でまでやりたくない」
でした。
「ああ!これかもしれない!」
旦那が何もしないと感じていた理由が、少し分かった気がしました。
おばけちなみに以前は、こういう話を持ち出すと、
「うるさい」「俺のこと責めてるの?」と言われてたので、こんなに「ちゃんと会話ができた!」と感じるやり取りをするのに12年目かかってます。泣けてきます
何もしないの定義
妻→気付いて動いてやる
旦那→妻に言われたことや連れて行くなどをやる
ちなみに夫と話し合いができないと感じていた理由については、この記事の海の話のくだりを参考にしてください


「旦那が何もしない」とイライラする理由
前の記事でも書いたことですが、
「旦那が何もしない」と感じるとき、実際に「本当に何もしていない」という意味ではありません。
夫は夫で、
「頼まれたことをやる」
「休日は子どもを連れて出かける」
「仕事をして家計を支えている」
でも妻側からすると、
なんか、無性にイライラする。
その原因が自分でも分からない。
たとえば、
- ゴミがいっぱいになっていることに気づく
- 洗剤がなくなりそうなことに気づく
- 子どもの予定を確認する
- 家族の予定を考える
- 必要なものを買う
- 家の中で足りないものを補充する
こういうことも、家を回すためには必要です。
でも、こうしたことは「誰かに頼まれたからやる」というより、気づいた人が動く仕事だったりします。
ここが、私ばっかりやってる。につながるのではないか?
夫に「それは会社でやってるから」と言われた
今回私が、この話を夫にしたことを冒頭でお話ししたと思います。
何もしないの定義は、「妻は気付いて動いてやる」ことまで含めて「やってると言える」
旦那は「妻に言われたことや連れて行くなどをやる」ことは「やってると言える」
この認識のズレで、話しがかみ合わないのではないか。
それを、実際に聞いてみたんです。
夫側の意見としては
「それは会社でやってるから、家でまでやりたくない」
と言いました。
最初は、
「なるほど……?」
という感じだったんですが、少し考えてみたら、
これ、かなり大きなヒントなんじゃないか?
と思いました。
会社では、
「次に何をするべきか考える」
「周りを見て動く」
「誰かに言われる前に対応する」
「仕事を最後まで回す」
ということを求められます。
でも家に帰ったら、
「家で会社みたいなことしたくない」
ということなんですよね。



わが家は、夫がよく「家でまで疲れたくない」「家は休む場所」ってよく言ってたのはこういうことだったのか・・・と腑に落ちた瞬間でした
でも、もし、夫婦の片方が「会社で働いたんだから、家で休も」って感覚だったら・・・
家のことは誰がやるんでしょうか。
「家って休む場所なの?家庭を運営する場所でもあるんじゃないの?」
「仕事」と「家事」を分けて考えるとズレる
ここで、私が少し考えたことがあります。
私たちは普段、
会社で働く=仕事
という認識を持っています。
だから、会社から帰ってきたら、
「仕事が終わった」「今日も疲れた~!」
と思う。
でも、家に帰ったら家のことがあります。
食事をする。
洗濯する。
掃除する。
子どものことをする。
家族の予定を考える。
生活に必要なものを管理する。
これも、誰かがやらないと。
つまり、
会社での仕事が終わったあとには、「家での仕事」があるんじゃないか。
私はそう考えるようになりました。
もちろん、家のことや家事育児を全部「仕事」と呼ぶのは極端ですが、少なくとも
「会社で働いているから、家では何もしなくていい」
という考え方になると、家族の生活は回らないんじゃないか。
と思いました。



会社に行く。仕事をする。家に帰る。
そして今度は、家庭を維持する側にまわる。
もしかすると、これが「家庭を持つ」ということなのかもしれない。
夫は「仕事をしている」、妻も「家の仕事をしている」
夫が会社で働いている。
妻も会社で働いている。
そういう家庭なら、帰宅後に家事や育児を分担するのは自然に感じるかもしれません。
でも、
夫が会社で働いて、
家に帰ってきたら「休む」。
妻も会社で働いているのに、
家に帰ってきたら「家のことをする」。
これだと、負担に差が出てしまいます。
そして、夫婦のどちらかが、
「家に帰ったら、もう仕事はしたくない」
となったら、もう片方に家の仕事が偏ってしまう。
「旦那が何もしない」とイライラする問題は、単純に、
「夫が家事をしてくれない」
だけではないのかもしれません。
「何もしない」の定義が夫婦で違う
今回のことで、改めて感じたのがこれです。
妻にとっての「やっている」は、
気づいて、自分から動くこと。まで含めての行動
夫にとっての「やっている」は、
頼まれたことをやる、実際に行動する
もちろん、すべての夫婦がそうだとは限りません。
でも、もしこの認識のズレがあるなら、
妻は、
「なんで私ばっかり気づいて動かなきゃいけないの?」
「言わないとやらないくせに、言ったら嫌そうな顔するのは何で?」
とイライラする。
夫は、
「言われたことはやってるのに、なんで何もしてないって言われるの?」
となる。
どちらも、自分なりにはやっている。
だから話が噛み合わない。
「旦那が何もしない」と思ったので、自分は相手に何を求めていたのか考えてみた
「旦那が何もしない」とイライラする時、
一度、
「私は、旦那に何をしてほしいんだろう?」
と考えてみるのもいいのかもしれません。
「ゴミを捨ててほしい」
だけではなく、
「ゴミがいっぱいになったことに気づいてほしい」
なのかもしれない。
「子どもの準備をしてほしい」
ではなく、
「子どもの予定を自分から把握してほしい」
なのかもしれない。
「家事を手伝ってほしい」
ではなく、
「私と同じように、この家を自分の仕事として見てほしい」
なのかもしれません。
ここまで考えると、単純な「家事分担」の話とは少し違ってきます。
「家事を手伝う」という言葉
そもそも、夫婦で暮らしている家なのだから、
夫が家事をすることを「手伝い」と呼ぶことにも、少し違和感がありました。
夫の家でもあり、
妻の家でもある。
子どもがいるなら、家族みんなの生活の場所。
そこで発生する仕事を、
「妻の仕事を夫が手伝う」
と考えるのか、
「家族の生活を維持するための仕事を分担する」
と考えるのか。
この違いも大きいのかもしれません。
旦那が何もしないことにイライラした私が、夫の言葉を聞いて思ったこと
今回、夫から、
「それは会社でやってるから、家でまでやりたくない」
と言われたことで、
「だから旦那が何もしないように見えていたのか」
と、少し腑に落ちました。
もちろん、
「じゃあ仕方ないね」
という話ではありません。
むしろ、
「家に帰ったら休みたい」という気持ちと、「家を回すためには誰かが動かなければならない」という現実。
この2つをどう折り合いをつけるのか。
そこが夫婦で考えるべきところなのかもしれません。
私たちは「仕事」という言葉を、
お金を生む活動
として捉えがち。
でも、
- 料理する
- 掃除する
- 子どもの予定を管理する
- 買い物する
- 家族の健康や生活を考える
- 家の備品を管理する
これらは、誰かがやらなければ生活は成立しない。
「旦那が何もしない」
「旦那が何もしなくてイライラする」
という問題も、
単純に「家事をやる・やらない」だけではなく、
「家で発生している仕事を、夫婦それぞれがどう認識しているのか」
まで考えてみると、見え方が変わるのかもしれません。
そして今回、私は夫の言葉を聞いて、
「ああ、私が感じていたズレって、これだったのかもしれない」
と思いました。



ただ、何年も積み重なったつらさや感情がなくなるかどうかは全く別の話なので、早めにこういう話ができるかどうかの方が大事だと結婚12年目のおばけは個人的に思っています。
それでは◎
「夫婦で話し合いたいのに、そもそも話し合いにならない」と感じていた頃の話はこちら



